続・映画の王様

映画ライターのブログです

『シティ・スリッカーズ』

ユージン・ターナー

『シティ・スリッカーズ』(91)(1992.4.7.スカラ座)

 ニューヨークに住む中年3人組(ビリー・クリスタル、ダニエル・スターン、ブルーノ・カービー)が、カウボーイ体験ツアーを通して、本来の自分を見付ける様子を描いたコメディ映画。

 またもや、最近のアメリカ映画お得意の“心の回復劇”であるが、思ったほど入り込めなかった。いい話なのになあ、もっと面白くなったはずなのに…といった思いばかりが浮かんできてしまった。

 それは、例えば、主役の3人に絡む人たちの人物描写が弱くて広がりに欠けたこと、あるいは、クリスタルと時折彼らに人生訓をのたまう老カウボーイ役のジャック・パランスの心の交流の様子もはっきりしないなど、全体的にもう一押しが足りなかったような気がするのだ。

 それは、たった2週間の体験ツアー(もちろん映画の中ではもっと短い)で、あるいは、言い換えるなら、たった2時間の映画を見て、心を回復させようとする、自分も含めた都会人の安直さや身勝手さが浮かび上がってきたせいもある。

 つまり、身につまされる前半部の都会での暮らしが妙に引っかかって、その後の展開が素直に見られなくなったところがあった。そして「こんなもので悩みが解決するわけはない」「所詮は自己満足さ」などとつぶやいている嫌な自分を見付ける羽目になる。となると、俺も相当なシティ・スリッカーなのか…。

 ところで、この映画は中年版の『スタンド・バイ・ミー』などと宣伝されていたが、何故そうは受け取られなかったのか、と言えば、『スタンド・バイ・ミー』は少年期の終わりという過去への思慕故に美しかったのであって、この映画のように、中年男が再生しようとする姿には、少年期のような純粋さはもはやない。あの夏の日には二度と戻れはしないのだ。それがこの映画の苦しいところでもあるし、いま一つ説得力に欠けて中途半端な印象を抱かせるのだろう。

 先日のアカデミー賞の授賞式で、この映画で助演賞を受賞したパランスを、司会のクリスタルが酒の肴にしていたが、実際に映画を見ると、思いのほか出番が少なかった。あれはやはり功労賞的なものだったのか。