続・映画の王様

映画ライターのブログです

『みんな元気』

ユージン・ターナー

『みんな元気』(90)(1991.1.26.シネスイッチ銀座)



イタリア版『東京物語』


 この映画を見ると、前作の『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)にも増して、ジュゼッペ・トルナトーレという監督は、自分とそう年が変わらない、まだ30そこそこなのに、何と老成した映画を撮るのだろうという驚きにも似た印象がさらに強まった。


 今度は、イタリア映画の歴史ともいうべきマルチェロ・マストロヤンニを起用して(かつての二枚目の好々爺ぶりに、時の流れを感じさせられる)、まるで、小津安二郎の『東京物語』(53)のイタリア版みたいな映画を撮ってしまったのである。


 こういう映画を見せられると、小津の映画が、日本よりもむしろ海外での評価が高いという現象についても、なるほどと思わされる。


 われわれが、どうせ日本人の心情は、日本人にしか分からないと勝手に思い込んでいるのとは違い、外国人たちは、われわれがこの映画を見て抱く、「どこの国も似たり寄ったりだなあ」という印象を小津の映画を見ながら感じているかもしれないからだ。


 まあ、もともと日本とイタリアは、家族関係に関しては似ているところがあって、昔のピエトロ・ジェルミの『鉄道員』(56)などにも、類似点は見られたのだが、どうやら今は、家族の絆が崩壊していくさままで似てきてしまっているようだ。


 だから、イタリアの場合は、こういう映画が出てきても不思議ではないのだが、最近はアメリカ映画も“家族もの”を連発するものだから、結局、どこの国も、ないものねだりの家族の幸せを、せめて映画の中に求めているのか、などと感じて切なくなってしまう。


 実際のところ、この映画で描かれたように、親と子は別れ、子どもたちは自分たちの生活に追われ、皆が集まるのは、誰かが死んだ時ぐらい…というのが、悲しいかな現実なのだ。


 その意味では、この映画はひどく現実的で悲しく、『ニュー・シネマ・パラダイス』で描かれた夢の成就とは正反対の苦さを持っている気がするが、そのどちらにも、見る者の心を動かすような、静かなパワーがあった。


 ただ、そうした才能を、ノスタルジーや老人にばかり向けるには、トルナトーレはまだ若過ぎるのではないか、もっとほかの部分で才能が発揮できるのではないかと思うのは、望み過ぎなのだろうか。


【今の一言】2009年にロバート・デ・ニーロ主演でリメークされたが、日本では劇場公開されなかったので見ていない。