古沢憲司とテリー・ファンク逝く

ちょっと体を後ろにひねってから、スリークォーター気味に投げ込むフォームが印象的だった古沢憲司。阪神、西武、広島と渡り歩いたが、やはり阪神時代が最も印象に残っている。
引退後は、広島との縁で、ドミニカのカープアカデミーで長くコーチを務めた。『がんばれ!! タブチくん!!』で、タブチくんに振り回されるフルサワとして描かれていたのも懐かしい。
1995年の巨人阪神OB戦 ホームランを打った王もすごいが、テンポよく速球を投げる古沢もすごい。

兄のドリー・ファンク・ジュニアと共に、ザ・ファンクスとしてタッグを組み、テキサス・ブロンコと称されたテリー・ファンク。
1977年12月15日に蔵前国技館で行われ、24日に放送された世界オープンタッグ選手権での、史上最凶悪コンビと呼ばれたアブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シークとの一戦が圧巻。
この一戦は、レフリーのジョー樋口、中継の倉持隆夫アナと解説の山田隆の存在も加えて、エンターテインメントとしてのプロレスの極致ともいえるものとなった。
テリーは、『パラダイス・アレイ』(78)『オーバー・ザ・トップ』(87)と、シルベスター・スタローンの映画に出演したこともある。『キン肉マン』のテリーマンのモデルもテリーだ。
また、五反田のステーキハウス「リベラ」には、兄と共に、テリーの写真も飾られていた。
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