『拝啓天皇陛下様』
中村メイコの訃報に接してこの映画のことを思い出した。
『拝啓天皇陛下様』(63)(1989.11.25.)

ヤマショウこと山田正助(渥美清)は、三度の飯にありつける上、俸給までもらえる軍隊が大好き。戦争が終るといううわさが流れると、天皇に向けて「軍隊に残してください」と手紙を書き始める。
ヤマショーと、戦友であり良き理解者でもあるムネさんこと作家の棟本博(長門裕之)との長年にわたる関係を軸に描いた戦争悲喜劇。戦後にムネさんが回想する形で物語が進んでいく。監督・脚本は野村芳太郎。
子どもの頃にテレビで見て、断片的な記憶しかなく、タイトルもおぼつかないのに、なぜかあるシーンだけを強烈に覚えている映画が何本かあった。
この映画のラストの雪の中を酔っぱらって千鳥足で歩く渥美清の姿もその一つであり、後年、改めてこの映画の全編を見た時に、覚えていたラストシーンの記憶と一致して、長い間見付からなかった忘れ物が出てきたような喜びを感じたものだった。
その終幕はこんな流れだ。ヤマショウが久しぶりにムネさんと妻の秋子(左幸子)の下を訪れ、婚約者の井上セイ子(中村メイコ)を紹介する。喜び合う4人。
そこから一転して、雪の朝、ヤマショウが交通事故死したという新聞記事を見つけた秋子が、慌てて「あなた。ヤマショーさん死んだ。死んだわよ」と知らせるシーンになる。
「こんなことって世の中にあっていいのかしら」
「~山田さんは相当酔っていた模様で事故は全くの不注意」
「ばかよ! あの人またお酒飲んだのよ。これから幸せになれるっていうのに」
「慌てるな。間違いかもしれないじゃないか」
「だって、あなた」
「もしもあいつだとしたら、あの井上さんって人が必ず知らせてくるはずだ。そうだろ」
「うん」
「服出せ。警察行って聞いてみる」
「あなたそうして。間違いよね。きっとそうよね」
「出せ」
「あの人が今死ぬなんて、そんなこと絶対にないわよね」
「そうだ。あんないい人が見付かってこれからだというのに、あのばか。ワイシャツ。何してんだ」
「でも、もし間違いでなかったら。本当だったら」
「ばかもん。そんなはずあるか」
「でも、ヤマショーさん。昔からそういう人だったじゃないの」
「とにかく確かめてみなくちゃ」
心底ヤマショウの身を案じて狼狽する2人のやり取りが素晴らしい。
そして、それに続いて、セイ子の店を出て酔っぱらって千鳥足で雪の中を歩くヤマショウの、死を予感させる回想シーンになり、そこに芥川也寸志作曲の優しいオルゴール風のメロディが流れるという一連の流れは、何度見ても涙を誘う。
その後も何度か見直しているが、先の天皇崩御の際に、なぜこの映画を放送しなかったのかと思うほど、この映画は、戦前から終戦直後に至る日本の一庶民の悲しい歴史の証言であり、我々その時代を知らない者にとっては、天皇という存在がどのように捉えられていたのかを知るためのよすがともなる。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。