タビアーニ兄弟の映画 その2『サン★ロレンツォの夜』
『サン★ロレンツォの夜』83.6.21.(初見の際のメモを)

こういう映画のことを珠玉の名編と言うのだろう。一人の少女の目(成人した少女の回想)から見た戦争の実態、と言っても『禁じられた遊び』(52)ほど悲しくはない。それは『父パードレ・パドローネ』同様、ユーモアと残酷さを同居させるという演出の中から、戦争の愚かしさ、空しさ、滑稽さを浮かび上がらせているからだ。
第二次大戦末期、ドイツ軍の撤退によって村を追われた人々。最初、少女の目には夜間遠足か、ちょっとした冒険のように映る。中には、家の束縛から逃れ、新しい生活が始められると喜ぶ女もいる。だが、やがて彼女たちも戦争のむごさを身をもって知ることになる。そして仲間の何人かが死に、何人かが生き残る。それぞれの村人が存在感を持って描かれ、一人の少女が語る物語が、やがて集団のそれへと変化していく。
描かれた時代や背景の類似ということもあるが、同じくイタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督の『1900年』(76)同様、民衆のたくましさ、戦争終結後の喜びと虚脱の描写が見事であった。
ラストは、今では成人したかつての少女が、自分の娘に過去の体験を寝物語で話しているシーン、つまりファーストシーンに戻ってくる。開け放たれた小窓から見える夜空の美しさが心に残る。この美しい空の下で、再び悲劇を起こさぬように、という願いを込めたような、これまた見事なラストシーンであった。
うん。確かにこれは好きな映画だった。

こういう映画のことを珠玉の名編と言うのだろう。一人の少女の目(成人した少女の回想)から見た戦争の実態、と言っても『禁じられた遊び』(52)ほど悲しくはない。それは『父パードレ・パドローネ』同様、ユーモアと残酷さを同居させるという演出の中から、戦争の愚かしさ、空しさ、滑稽さを浮かび上がらせているからだ。
第二次大戦末期、ドイツ軍の撤退によって村を追われた人々。最初、少女の目には夜間遠足か、ちょっとした冒険のように映る。中には、家の束縛から逃れ、新しい生活が始められると喜ぶ女もいる。だが、やがて彼女たちも戦争のむごさを身をもって知ることになる。そして仲間の何人かが死に、何人かが生き残る。それぞれの村人が存在感を持って描かれ、一人の少女が語る物語が、やがて集団のそれへと変化していく。
描かれた時代や背景の類似ということもあるが、同じくイタリアのベルナルド・ベルトルッチ監督の『1900年』(76)同様、民衆のたくましさ、戦争終結後の喜びと虚脱の描写が見事であった。
ラストは、今では成人したかつての少女が、自分の娘に過去の体験を寝物語で話しているシーン、つまりファーストシーンに戻ってくる。開け放たれた小窓から見える夜空の美しさが心に残る。この美しい空の下で、再び悲劇を起こさぬように、という願いを込めたような、これまた見事なラストシーンであった。
うん。確かにこれは好きな映画だった。
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